あなたは「ぶりっ子」という言葉を聞いて、どんなイメージを思い浮かべるでしょうか。
甘えた声で話す女の子。わざとらしい仕草で男性の気を引こうとする姿。もしかしたら、ちょっと苦手だな、と感じる人もいるかもしれません。でも、ぶりっ子という行動の裏側には、実はとても切なくて、人間らしい感情が隠れていることをご存知でしょうか。
今日は、ぶりっ子キャラの恋愛について、その心理や魅力、そして自分らしい恋の形を見つけるヒントをお話ししていきたいと思います。読み終わる頃には、きっとあなた自身の恋愛観にも新しい風が吹いているはずです。
私が恋愛相談を受けていて忘れられないエピソードがあります。
ある雨の日のこと。二十七歳のミカさんという女性が、カフェの窓際の席で俯きながら話してくれました。外ではしとしとと雨が降り続いていて、窓ガラスを伝う雨粒が、まるで彼女の心を映し出しているようでした。
「私、好きな人の前だと、つい声が高くなっちゃうんです。わざと困った顔をしてみたり、できないふりをしたり。自分でもバカみたいだなって思うのに、やめられなくて」
ミカさんはコーヒーカップを両手で包みながら、そっと視線を落としました。その横顔には、自分を責めるような影が差していました。
「友達には『またぶりっ子してる』って笑われるし、同僚の女性からは冷たい目で見られることもあります。でも、素のままの私じゃ、誰も振り向いてくれない気がして」
彼女の声は次第に小さくなっていきました。その言葉の奥に、どれだけの孤独と不安が詰まっているか、私には痛いほど伝わってきました。
実は、ミカさんのような悩みを抱えている女性は、想像以上にたくさんいます。ぶりっ子という行動は、単に男性の気を引きたいというだけではなく、もっと深い心理が関係しているのです。
人はなぜぶりっ子になるのでしょうか。
心理学的に見ると、ぶりっ子行動の根底には「認められたい」「愛されたい」という普遍的な欲求があります。幼い頃、親や周囲の大人から「かわいいね」「いい子だね」と褒められた経験が、無意識のうちに「かわいくいれば愛される」という信念を形作っていることが多いのです。
特に、自己肯定感が低い人ほど、この傾向が強くなる傾向があります。ありのままの自分では価値がないと感じてしまうから、何かを演じることで、自分の存在価値を確認しようとするのです。
ミカさんも、幼い頃から「しっかりしなさい」「お姉ちゃんなんだから」と言われて育ったそうです。褒められた記憶よりも、期待に応えなければならないというプレッシャーの記憶のほうが強く残っていました。だからこそ、大人になった今、誰かに甘えたい、守ってもらいたいという欲求が、ぶりっ子という形で表れているのかもしれません。
ここで少し余談ですが、面白い研究結果があります。ある大学の心理学実験で、女性が高い声で話すと、男性は無意識のうちにその女性を「より若く、より魅力的」と認識する傾向があることがわかりました。これは進化心理学的には、高い声が若さや健康の指標として認識されるからだと言われています。つまり、ぶりっ子が声のトーンを上げるという行動には、本能的なレベルでの根拠があったのです。もちろん、これは行動を正当化するためではなく、人間の心理がいかに複雑で奥深いかを示す一例としてお話ししています。
さて、話を戻しましょう。
ぶりっ子の恋愛テクニックとして有名なものに、「わざと忘れ物をする」というものがあります。
例えば、傘を置いていく。ハンカチを落とす。気になる男性がいる場で、さりげなく何かを忘れて、追いかけてきてもらう。まるで少女漫画のワンシーンのようですが、実際にこれを実践している女性は少なくありません。
三十二歳のユキさんは、会社の飲み会でこんな体験をしたそうです。
「気になっていた先輩がいて、二次会の帰りにわざとマフラーを席に置いてきたんです。先輩が気づいて追いかけてきてくれたら、そこから何か始まるかもしれないって思って」
ユキさんは当時のことを思い出しながら、少し恥ずかしそうに笑いました。
「結果はどうだったと思います?先輩じゃなくて、全然違う人が届けてくれたんです。しかも、その人がすごくいい人で、なんだかんだで今の旦那なんですけどね」
人生というのは本当に不思議なものです。計算通りにいかないことが、むしろ幸運を運んでくることもある。ユキさんの話を聞きながら、私は恋愛の奥深さを改めて感じました。
ぶりっ子行動には、もう一つ重要な側面があります。それは「駆け引き」としての機能です。
恋愛において、適度な駆け引きはスパイスのようなもの。すべてをストレートに伝えるよりも、少しの謎めいた部分があったほうが、相手の興味を引きつけることができます。ぶりっ子の「助けてほしそうな仕草」や「ちょっと頼りない雰囲気」は、男性の中にある「守りたい」という本能を刺激するのです。
ただし、ここで大切なことがあります。
駆け引きはあくまでもきっかけづくりであって、関係の本質ではないということ。最初はぶりっ子な一面で惹きつけたとしても、関係が深まるにつれて、本当の自分を見せていく必要があります。演じ続けることは、心にも体にも大きな負担がかかりますし、何より、演技の上に築いた関係は砂上の楼閣のように脆いものです。
ミカさんとの相談の続きをお話しします。
数回のセッションを重ねる中で、彼女は少しずつ自分の本当の気持ちと向き合うようになりました。ある日、彼女がこんなことを言ったのです。
「先生、私、気づいたんです。ぶりっ子している時の私って、相手のことを見ていないんですよね。自分がどう見られているか、どう思われているかばかり気にしていて。相手がどんな人なのか、何を考えているのか、全然見えていなかった」
その瞬間、カフェの窓から差し込む午後の光が、彼女の顔を優しく照らしていました。何かが吹っ切れたような、晴れやかな表情でした。
「本当に誰かを好きになるって、その人のことをちゃんと見ることなんですね。自分を良く見せることに必死になっている間は、恋愛じゃなくて、ただの自己満足だったのかもしれません」
私は彼女の成長に胸が熱くなりました。ぶりっ子という行動そのものが悪いわけではありません。でも、その行動の動機が「自分を守るため」「不安を埋めるため」だけになってしまうと、本当の意味での繋がりは生まれにくくなってしまいます。
ここで、ぶりっ子に対する世間の反応についても触れておきたいと思います。
正直に言うと、ぶりっ子は女性同士の間では、あまり好意的に受け止められないことが多いです。「あざとい」「計算高い」「男の前だけ態度が違う」そんな批判の声を聞くことも少なくありません。
でも、考えてみてください。人は誰でも、場面や相手によって態度を変えるものです。仕事では真面目な顔をして、友達の前ではおちゃらけて、家族の前では甘えん坊になる。それは自然なことであり、むしろ社会性の表れとも言えます。
ぶりっ子を批判する側にも、もしかしたら「自分にはできない」「やりたくてもできない」という複雑な感情があるのかもしれません。人を批判する時、その批判の中には往々にして自分自身の影が映っているものです。
だから、もしあなたがぶりっ子をしてしまう自分を責めているなら、少しだけ優しい目で自分を見てあげてほしいのです。そして、もしあなたがぶりっ子な人を苦手に感じているなら、その人の行動の奥にある不安や寂しさに思いを馳せてみてください。
さて、ここからは少し視点を変えて、ぶりっ子の持つポジティブな側面についてお話しします。
ぶりっ子と呼ばれる人たちの多くは、実はとても繊細で、人の気持ちに敏感な人が多いのです。相手が何を求めているかを察知する能力が高く、空気を読む力にも長けています。これは、見方を変えれば、とても優れたコミュニケーション能力の表れです。
また、「かわいく見せたい」という欲求は、自分を大切にしたいという気持ちの裏返しでもあります。外見や振る舞いに気を配ることは、自己投資の一つ。それ自体は決して悪いことではありません。
問題は、その動機が「自分を愛せないから」「ありのままでは価値がないと思っているから」という否定的なものである場合です。
では、どうすればいいのでしょうか。
まず、自分がなぜぶりっ子をしてしまうのか、その動機を正直に見つめてみてください。不安だから?寂しいから?認められたいから?どんな答えが出てきても、それを否定する必要はありません。その感情は、あなたが人間である証拠であり、愛を求める自然な欲求の表れなのですから。
次に、少しずつでいいので、「演じない自分」を出してみる練習をしてみてください。最初は怖いかもしれません。本当の自分を見せたら、嫌われるかもしれないという不安があるでしょう。でも、考えてみてください。演じている自分を好きになってもらっても、それは本当にあなたが愛されていることになるでしょうか。
ミカさんは、その後、少しずつ変わっていきました。
ある日、彼女からこんなメッセージが届きました。
「先生、報告があります。この前、気になっている人とご飯に行ったんです。いつもだったら、かわいく見せようと必死になっていたと思うんですけど、今回は意識的に普通の自分でいるようにしました。仕事の愚痴も言ったし、食べ方も気にしないで好きなものを頼みました。そしたら、彼が『なんか今日のミカさん、いつもと違うね。こっちのほうが話しやすい』って言ってくれたんです」
メッセージの最後には、嬉しそうな絵文字がたくさん並んでいました。私は画面を見ながら、思わず笑顔になりました。
ぶりっ子という鎧を脱ぐことは、とても勇気がいることです。でも、その先には、もっと楽で、もっと自然で、もっと深い人間関係が待っています。
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